WTAファイナルズ 日本人は大坂なおみで3人目!先人の2人とは?

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WTAファイナルズ

WTAファイナルズ、日本人の歴代出場者は過去2名!

大坂なおみが初めて出場権を獲得したWTAファイナルズ2018。

1972年に第1回大会以来、WTAファイナルズに出場した日本人選手は伊達公子と杉山愛の2名のみ。

偉大な先駆者であるこの2人。当時の活躍の様子を調べました。

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WTAファイナルズに日本人として初出場した伊達公子

1994年に日本人として初めてWTAファイナルズに出場した伊達公子。

伊達はこの年から3年連続で出場し、初出場の1994年にはベスト4入りの快挙を成し遂げています。

 

なおこの当時の大会名は「バージニア・スリムズ選手権」。

タバコメーカーのフィリップ・モリス社が冠スポンサーでした。
バージニア・スリムは同社の女性向けメンソール入りタバコの商品名です。

 

伊達公子はこの年24歳。

1月に海外ツアーで初優勝したのを皮切りに、4大大会の一つである全豪オープンでもベスト4進出。

日本人女子として史上初めて世界ランキングトップ10入りと歴史的な大活躍。

 

なおこの当時WTAファイナルズは年間ランキングの上位16名によるトーナメント方式で開催されていました。

(2003年以降は現行の上位8名による1次リーグ+決勝トーナメント。)

 

続く1995年も世界ランキング4位まで上昇。

1996年のウィンブルドン準決勝でも女王シュテフィ・グラフと互角の戦いを繰り広げつつ惜敗。

 

筆者はこのときの伊達とグラフの試合をテレビで固唾を飲んで観ていて記憶があります。(記憶違いだったらご容赦ください。)

試合の流れではあきらかに女王グラフを押していながら無念の日没サスペンデッド。

 

もしあのまま試合が続行されていたら伊達公子がウィンブルドン決勝進出していたのでは・・・ずいぶんと悔しい思いをしたのを覚えています。

 

そして同年9月、突然の引退を宣言。

26歳という若さでキャリアの絶頂での引退発表は衝撃的でした。

(その後2008年の現役復帰も同じくらい衝撃。)

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日本人として2人目の出場を果たした杉山愛

日本人として2人目の出場を成し遂げたのは2003年の杉山愛です。

伊達公子の引退の後を受けて日本女子テニスを背負った杉山。

シングルスとダブルスの両方で活躍しました。

 

特にダブルスは4大大会(グランドスラム)優勝3回、準優勝1回。

2000年にはダブルスで日本人初の世界ランキング1位に輝いています。

 

2003年にはシングルスでもツアー2勝を挙げ、年間上位8名にランクインし、WTAファイナルズに初出場。

 

杉山愛はこのとき28歳。

1次リーグ(ラウンドロビン)で1勝2敗と決勝トーナメント進出はならなかったものの、当時世界ランキング1位のジュスティーヌ・エナン・アーデン相手に勝利。

 

大会後の世界ランキング更新によりシングルス世界ランキングを自己最高の10位にまで上昇させました。

(キャリア自己最高は翌2004年2月の世界ランキング8位。)

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WTAファイナルズでの大坂なおみの活躍に期待!

つい先日、WTAファイナルズへの出場権獲得が報じられたばかりの大坂なおみ。

世界ランキング1位のシモナ・ハレプ、同3位のアンゲリク・ケルバーに続いてポイントレースの3位で出場権を得たこと自体が大変なことです。

(シモナ・ハレプは10月2日に椎間板ヘルニアによる戦線離脱を発表し、WTAファイナルズへ出場は微妙な模様。)

 

さらに大坂なおみはまだ20歳という若さ。

先輩の杉山愛も、彼女の高い身体能力からくる強打、そしてメンタル面での成長を非常に高く評価しています。

「エース、ウィナーを取る力がある。私なら絶対に対戦したくない相手」

参照元:TJムック「女子テニス新時代大坂なおみSpecial」

 

全米オープンでの優勝と喧騒、そしてシーズンを通して蓄積した疲労が気になるところではありますが、ぜひ体調を整てて、WTAファイナルズでの大活躍に期待したいです。

 

(終わり)

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